大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌簡易裁判所 平成6年(ハ)3170号 判決 1995年3月17日

原告

株式会社ローンズスター

右代表者代表取締役

仲角廣子

被告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

市川守弘

主文

一  被告は、原告に対し、金六万七九六二円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金九万七〇八九円及びこれに対する平成六年二月九日から完済まで年三割六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争点の所在

本件は、原告が、平成五年一二月二一日、被告に貸し渡した金一〇万円につき(以下「本件貸付」という。)、平成六年二月五日の約定支払期日の経過により期限の利益を喪失したとして、残元金と利息制限法所定利率に換算した遅延損害金の支払いを求めたのに対し、被告は、後記二記載の事情をもって原告の請求については残元金の七割を限度としてのみ認められるにすぎない旨主張している事案であって、かかる被告の主張の当否が本件の争点である。

二  争点に関する被告の主張

1  過剰貸付禁止条項違反

被告は、本件貸付契約成立当時、既に二〇〇万円を超える債務を負担しており、その手取り月収額は約三万円にすぎなかったのであるが、原告は、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)一三条が返済能力を超える過剰融資を禁止し、これを具体化する大蔵省銀行局長通達(以下「通達」という。)が貸金業者に対し資金需要者の返済能力等に関する調査を要求し、かつ、無担保・無保証の場合の貸付限度額を年収の一割までとしているにもかかわらず、被告に対する返済能力の調査・裏付けを怠ったうえ、被告が返済能力を有しないことを知りながら、敢えて前記限度額を超えて貸付を行っているものであるから、本件貸付は右規定に違反し無効である。

2  権利濫用

被告は離婚等の事情により生活能力が乏しく、生活保護とわずかな収入によっては子供を抱えながら生活を維持してゆくのが限度であって返済資力がないため、これをみかねた父親が用意した金一〇〇万円を弁済原資として、原告を含む全一二社との間で任意整理・和解を試みてきた(うち七社との間で和解成立)。被告は原告に対しても右事情を通知して理解を求めたにもかかわらず、原告は被告に対し何らの連絡もせずに債権全額回収を企図して本件訴訟を提起したのであり、本件請求は、利益追求のために違法な過剰融資をすることによって多重債務者を拡大再生産しておきながら、債務者の経済的更生に配慮せず、もっぱら自己の利益のみを主張するものであって、著しく反社会的な行為であり、明らかな権利の濫用である。

三  右に対する原告の反論

1  二1について

貸金業法一三条は、貸金業者の心構えを示した訓示的かつ任意規定にすぎず、その違反により契約の無効を招来するものではない。

また、通達は一業者につき五〇万円までの貸付を許容しているうえ、原告は、被告の本件貸付申込みに際し、信用情報機関を利用して審査し、かつ、被告とも相談して弁済可能であることを確認して貸し付けたものであるから、本件貸付は通達に違反していない。

2  同2について

本件貸付を積極的に希望したのは被告であって、むしろ返済能力を超えた借入れを次々に行っている事実に照らせば、被告自身にも責められるべき事情が存在するのであるから、前記権利濫用の主張は失当である。

第三  争点に対する判断

一  認定事実

争点判断の前提となる事実関係につき検討するに、当事者間に争いのない事実ならびに証拠及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

1  原告の営業ないし与信管理の実態

(一) 原告は、頭書記載地において北海道知事の登録(本件貸付当時、北海道知事(3)石第〇〇〇〇七号)を得て金融業を営む者であり、また、社団法人北海道貸金業協会及び全国貸金業協会にも加盟している。

<原告が金融業者であることにつき当事者間に争いがない。甲1の1、1の2、2、証人佐々木範之>

(二) 原告の顧客に対する貸付の許否判断については、店長である佐々木範之(以下「佐々木店長」という。)が面接して行っているほか、同人が不在のときは原告の社員である秋島守幸や川上孝行が与信判断を行っているが、原告では貸付申込者の返済能力の審査や貸付基準等に関するマニュアルを作成しておらず、その一切は佐々木店長や右各担当者の個別的な判断に委ねられている。

<証人佐々木範之>

(三) 佐々木店長は、社団法人全国貸金業協会連合会の編集にかかる「貸金業研修テキスト」を用いた研修会に参加したことがあり、右は過剰貸付の防止等をも内容とするものであったが、その際の具体的な研修内容は覚えていない。

<乙2、証人佐々木範之>

(四) 佐々木店長は、貸金業法一三条をうけた通達が、「窓口における簡易な審査のみによって、無担保、無保証で貸し付ける場合の目処は、当面、当該資金需要者に対する一業者当たりの貸付の金額について五〇万円、又は、当該資金需要者の年収額の一〇%に相当する金額とする。」としている部分につき、その前段は一業者五〇万円までは無条件に貸し付けることを許容したものであり、後段については年収が五〇〇万円を超える場合にその一〇パーセントに相当する金額まで貸し付けることができる旨を定めたものであると理解しており、原告は右理解に基づき営業している。

<証人佐々木範之>

(五) 社団法人北海道貸金業協会は、いわゆる多重債務者から相談を受けた際に、貸金業者の与信の方法に問題があることが判明したときは、当該業者に利息の請求をさせないように指導しているところ、原告も右のような指導を過去に二度ほど受けたことがある。

<右同>

2  被告の本件貸付申込みに至る事情

(一) 被告は本件貸付契約成立当時、約二〇〇万円くらいの負債を抱え、一か月の返済額は合計一〇万円にのぼっていたが、返済に追われて新たな借入先を探し、雑誌に「他店に借入れが多い方でもご相談に応じます」という広告が掲載されていたので、その業者に電話を入れたところ、原告を含む三社の紹介を受けた。

<被告本人>

(二) 被告は紹介された三社に電話をかけてみることにしたが、そのうち、一社は既に借入れをしている会社であったため電話をかけることができず、ほか一社からは他社からの借入れないし返済状況等につき質問され、その結果貸付を断られた。そこで被告は原告に電話をしてみたところ、原告からは他社が行ったような借入状況や返済状況等に関する質問等を一切受けず、保険証と印鑑を持参すれば貸し付けることができる旨言われただけであったため、原告から貸付を受けられると考え、原告店舗を訪ねることとした。

<右同>

3  本件貸付成立時の状況及び契約内容

(一) 被告は、平成五年一二月二一日、原告店舗を訪ね、借入申込書(甲5)を作成し、右書面の収入欄に「月収六万円、年収七二万円」、他社借入額欄に「五件、約九〇万円」、借入希望額蘭には「三〇万円」とそれぞれ記載して佐々木店長に提出した。

右当時、被告は既に二、三社について支払が滞っており、他から借りては弁済に充てるという状況に陥っていたが、このことを佐々木店長に告げなかった。

<甲5、被告本人>

(二) 佐々木店長は、右借入申込書の記載内容を確認し、信用情報機関である株式会社情報センター北海道に対し、被告の負債状況・返済状況等の信用情報を照会した。照会結果(甲6)には、当時の被告の他社借入額は八社から総額一七六万円であることのほか、以下のような記載があった(年月日につき「平成」を省略する)。

借入日(年月日)

借入限度額

直近弁済日

残元金

2.2.13

12万円

5.12.15

7万円

3.3.18

25万円

5.12.3

22万円

3.11.27

40万円

5.12.13

24万円

5.7.2

20万円

5.11.10

17万円

5.7.27

49万円

5.12.3

47万円

5.8.30

15万円

5.12.3

13万円

5.9.28

40万円

5.11.10

37万円

5.12.2

10万円

5.12.17

9万円

<甲6、証人佐々木範之>

(三) 佐々木店長は、右(二)の信用照会結果から、被告の借入申込書記載の他社借入額欄記入額は虚偽であると考えた。また、照会結果から、被告の他社からの借入が立て続けになされていることや、被告の他社への支払が滞っている可能性があることも読み取れたが、これらにつき、被告に問いただすことをしなかった。

<証人佐々木範之>

(四) 佐々木店長は、北海道貸金業協会から借入希望者の年収を調査するについては、給料明細書を提出させ、確認・判断してから貸付を行うよう指導されていたが、被告に対しては事前に給料明細書を持参するようには知らせておらず、面談時においても、被告の年収額について特に裏付けとなるような資料の提出を求めず、これに関する質問もしなかった。

当時、被告の月収は月額四、五万円、多いときで六万円程度であった。

<右同、被告本人>

(五) 佐々木店長は被告に金員を貸し付けることにし、ただ、金額的に被告の希望額である三〇万円の貸付は無理だが、一〇万円ならば貸すことができる旨被告に伝え、同日、要旨左記約定の借入限度基本契約を締結し、被告に対し、金一〇万円を貸し付けた。

(1) 借入限度額 金一〇万円

(2) 利息 実質年率 39.42パーセント

(3) 遅延損害金 実質年率 40.004パーセント

(4) 弁済方法等 元金については自由返済とし契約日から三年間の契約期間内(ただし、申し出なき場合は自動継続される。)に適宜支払い、完済する。

利息については毎月一回以上、五日までに支払う。

追加借入(借入残高がある状態での限度内借入)をした場合は追加借入日にかかわらず返済約定日は変更しない。

(5) 期限利益の喪失 利息の支払が前項の約定日になされなかったときは、通知・催告なくして当然に期限の利益を失い、直ちに残元金及び利息ならびに遅延損害金、未収金、不足金を一括返済する。

<右同、甲1の1、1の2、2>

(六) なお、右(五)記載の本件貸付に至る経緯につき、佐々木店長は、被告については返済能力がないと判断して一度は貸付を断ったが、被告に強く頼み込まれて同情してしまったこと、月額五〇〇〇円であれば返済は可能である旨の被告の申出を容れて返済期間を考慮して計算し、返済可能な限度の金額としてやむなく一〇万円を貸し付けることにした旨供述し、この部分については、右のような事実は一切なかったとする被告本人の供述との間に顕著な対立がある。

そこで検討するのに、佐々木店長が供述するような特異な経緯で被告に貸し付けることにしたとすれば、反復継続借入条項を盛り込まない、いわば減額のみを目的とする態様の契約とするなど、何らかの条件ないし限定が加えられるのが自然であるところ、本件契約書(甲1の1、1の2)には何らの条件ないし限定も加えられておらず、むしろ追加借入が可能であることを前提とする約定があるなど、通常の与信がなされたのと全く同一の内容である(被告本人尋問に際する原告許可代理人川上孝行の質問の中でも、原告が資金需要者との間で減額のみを目的とする契約の場合には、本件貸付契約書[甲1の2]の第一六条の欄には最低返済金額の記載をし、かつ、カードの発行を控える運用をしているところ、本件貸付においては右最低返済金額の記載がないうえ、カードでの反復借入が可能な条件になっている以上、本件貸付契約は通常の与信がなされた自由返済契約であって、減額のみを目的とした約定にはなっていないことを自認している〔第六回口頭弁論調書中、被告本人調書九ないし一三項〕。)ことからすると、佐々木店長の前記供述と本件契約書の記載内容との間には明白な齟齬があり矛盾しているといわざるを得ない。自ら本件貸付を実行しながらかかる矛盾につき合理的説明をしていない佐々木店長の前記供述部分は信用でさないというべきであり、したがって、前記対立部分については被告本人の供述を採用することとする(なお、佐々木店長は、通達のうち過剰貸付禁止に関する内容は記憶している旨供述するが、他方、これを含む内容の貸金業者対象の研修会におけるその余の具体的な研修内容については覚えていないともしているのであって、記憶保持の理由につき特段の合理的説明もなく、本件で争点になっている部分のみを明確に記憶しているというのはいかにも便宜的かつ曖昧な供述であって、その意味においても信用性に乏しい。)。

4  本件訴え提起に至る事情ないし被告の現在の生活状況等

(一) 被告は、原告に対し、平成六年一月一〇日に二五〇〇円、同年二月八日に三〇〇〇円を弁済した。

<当事者間に争いがない。>

(二) その後被告は借入金の返済に窮し、平成三年三月八日、被告代理人に負債整理を依頼したが、その当時負債総額は一二社合計約二七〇万円、月額返済額一八万円にのぼっていた。そこで、被告代理人は同月一一日、被告の右のとおりの現状のほか、夫の協力を得て返済する予定である旨などを記載し、併せて返済計画をたてるのに必要な債権調査をするため、その協力依頼等を内容とする受任通知を各債権者宛送付した。

<乙5、弁論の全趣旨>

(三) 被告代理人は原告を含む債権者各社に対し、被告はその後夫と離婚し、子供を養育する必要があるため返済資力が乏しい状況にあるが、被告の父親から返済原資として一〇〇万円の提供を受けたことからこれを配分することとした等の事情を記載した通知書(原告に対しては平成六年六月三〇日付け通知書)を送付し、支払条件については利息制限法で換算した残元金の七割に相当する金額の一括払いとの条件で和解案を提示した。

<被告の離婚の事実につき当事者間に争いがない。乙4の1、弁論の全趣旨>

(四) 右通知を受けた債権者一二社のうち、右(二)記載の通知書送付以降同年九月初旬までに七社とは合意が成立した。

<乙4の2ないし4の8>

(五) 右(三)の記載の通知書を受領した原告は、利息制限法を超えた利率で営業するのが会社の方針であるため、同法所定の利率に引き直して請求をすること自体既に最大限の譲歩をしているのであるから、ましてや残元金を割り込んだ金額の弁済条件での和解には到底応じることはできないとの考えから、被告代理人の提示案を拒否し、同年七月四日付けで本件訴えを提起した。

<証人佐々木範之>

(六) 被告は現在パート収入と生活保護の受給により生計をたてている。

<乙6、被告本人>

ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実に基づき、本件争点につき検討する。

二  争点1――過剰貸付禁止条項違反――について

1  原告の一般的融資姿勢ないし営業体質

(一) そこでまず、貸金業法一三条及び通達の意義とこれに関する原告の業務姿勢について検討するに、右規定及び通達は、顧客の返済能力等の調査が不十分なままに安易に貸付を行ってきた過去における消費者金融のあり方がいわゆる多重債務者問題を発生させてきた主たる要因であるとの問題認識ないしこれらに対する反省に基づき規定されたものであるから、右通達の理解もかかる趣旨に副うものでなければならない。そうだとすれば、通達が定めるところの、簡易な窓口審査のみによって無担保、無保証で貸し付ける場合の一業者当たりの貸付基準額については、五〇万円とする部分(以下「五〇万円基準」という。)と年収額の一〇パーセントに相当する金額とする部分(以下「一割基準」という。)とあるが、その意図するところは、これらを比較して資金需要者の年収額の一割に相当する金額が五〇万円に満たない場合には一割基準を採用すべき旨を勧告していると解するのが相当である。かつまた、右通達の趣旨を実現すべく、貸金業者には過剰融資という事態を招来しないよう適正かつ健全な融資体制を整えることが求められていると解すべきである。

(二) これを本件についてみると、原告の業務責任者である佐々木店長は、貸付与信判断につき全権限と責任を負い、しかも、北海道貸金業協会から過去二度にわたり与信方法に問題があるとの理由で利息の請求を取り止めるよう警告的指導を受けているにもかかわらず、貸金業に携わる者が日常の業務に際して常に念頭におくべき研修の内容をほとんど記憶していないうえ、与信判断につき依拠すべき内部基準等を一切設けないなど、いわば場当たり的な与信管理をしていたものと認めざるを得ない。加えて、通達に関する同人の理解は前記一1(四)記載のとおりであるが、仮にそれにしたがった運用がなされるとすれば、複数の業者が一律五〇万円ずつ貸し付けることができることになり、多重債務者発生抑止を企図した貸金業法一三条及び通達の趣旨が全うできなくなるおそれがある。そればかりでなく、右のような理解によれば、一割基準は低額所得者への貸付に対する抑制基準として機能するものではなく、むしろ年収額の高い者について融資限度額を引き上げる方向においてのみ用いられる結果となり、過剰融資を防止せんとする同条及び通達の意図とは逆に、高額の貸付を可能ならしめる余地が多分に生じることとなり、その本来の趣旨から大きく逸脱した運用を是認してしまうおそれがある。

(三)  してみると、佐々木店長の貸金業法一三条及び通達の理解は、きわめて不適切かつ貸金業者に有利に偏した便宜的解釈といわざるを得ず、これに前記認定のとおり、北海道貸金業協会の指導を真摯に受け止めることなく、何らの内部基準を設けないままに場当たり的な与信管理をしていたことも併せ総合すると、原告の業務姿勢は過剰貸付を防止できない杜撰な営業体質であったといわなければならない。

2  被告への融資実行と信用調査

(一) 次に、貸金業法一三条が、貸金業者に対し顧客の資力又は信用、借入れの状況、返済状況等について調査することを要求し、通達もその具体的方法等を示していることに照らせば、貸付金額決定に際しては、貸金業者側には、簡易ながらも相応の信用調査を行うことが求められているというべきである。

(二) 本件につき右信用調査の有無・程度について検討するに、佐々木店長は、事前に被告に対し年収額の裏付けとなるような資料の提出を求めず、面談時点においてもこれに関する質問をしていない。また、被告の信用調査照会結果により、借入申込書に記入された負債総額等が虚偽であることを知りながら、それにつき何ら問いただすこともなかった。しかも、右照会結果には、被告は平成五年七月以降借入れを繰り返していること、面談時点において既に二社については直近弁済日から一か月以上が経過しており返済が遅れていることなど、被告の信用力判断のうえで重要な情報が記載されており、佐々木店長は右各情報を読み取っていたにもかかわらず、これらを等閑視して被告に対し融資を実行しているのである。これらによると、原告は、形式的には通達等で定められた関係書類を収集しているが、収集した書類の内容について慎重に検討せず、かつまた、検討しようとする姿勢すら窺うことができないというべきであるから、結局のところ、実質的には被告に対する信用調査がなされていないに等しいといわざるを得ない。

3  貸金業法一三条違反事実の契約への影響

右1及び2の点を総合すると、原告の被告に対する本件貸付が貸金業法一三条に違反する違法なものであり、かつ、通達を実質的に無視する運用であって著しく妥当性を欠くものであることは明白である。

もっとも、同条の規定形式等に鑑みると、同条は効力規定ではないといわざるを得ないから、その違反の効果として当該契約を直ちに無効ならしめるということはできず、右に関する被告の主張は、この限度では理由がない。

三  争点2――権利濫用の成否ないし返還義務の範囲――について

1  しかしながら、確かに、一般論としては貸金業法一三条は効力規定ではないと解されるものの、原告主張のように、同条は訓示規定であるから何らの意味ももたないと解することも当該規定が設けられた趣旨をないがしろにするものであって相当ではなく、特に同条を遵守しようという姿勢のみられない貸金業者が、同条の性格を楯に債権全額の回収を図るというのは信義則の観点からみて容認できない。

すなわち、たとえ債務者について弁護士が介入した任意整理中であっても、当該弁護士から提示された和解条件に合意できず、これを拒否する形で訴えを提起すること自体は正当な権利行使ではあるが、貸金業法一三条を遵守する姿勢が全く窺えない業務姿勢のもと、自ら右禁止規定に違反する貸付を敢えて実行するという責められるべき事情を有しながら、その全額の返還を求めるのは右権利の濫用形態であるというべきであるから、貸金業者側の右事情と貸付成立当時の資金需要者側の事情とを総合勘案したうえで、その請求につき、信義則上全部無効とし、あるいは、一部無効として相当な限度まで減額することができると解するのが相当である(事案を異にはするがその精神につき、最一小判昭和五一年七月八日民集三〇巻七号六八九頁参照)。

2(一)  本件において、原告側につき斟酌されるべき事情は前記二で検討したとおりである。

(二)  これに対し、被告側の事情として検討すべきは、被告は、①本件貸付当時既に二、三社について支払が遅滞していたこと及び弁済のための借入れを繰り返すという事態に陥っていたにもかかわらず、これらにつき原告に告知せず、また、②借入申込書には他社からの借入総額につき真実に反する記載をしたことであろう。

確かに、被告が右のような与信判断上重要な事項を告知せず、また、申込書に虚偽を記載したことは、事情の如何を問わず、契約申込者として不誠実な態度であり問題なしとはしない。

しかし、②については、佐々木店長において虚偽であることを看破していたのに敢えてこれを無視して本件貸付を行っている以上、被告のみが一方的に責められるべき事情とはなり難い。①についても、原告としては信用調査照会結果を読み取ることにより容易に判別がつくか、または、少なくとも右に関する情報を佐々木店長は読み取っていたのであるから、本件については疑念を抱いて被告に対し事情を尋ねるべきであったことなどの諸点に鑑みると、この点もまた被告のみを強く責められないというべきである。

(三) したがって、結局のところ、本件においては、被告の不誠実性に比して原告の責められるべき事情がきわめて大きいというべきであり、原告の本件請求は信義則に反し権利の濫用であるといわざるを得ず、右についての被告の主張には相応の理由がある。

3 そこで、前記認定事実に右の諸事情をも考慮に容れて、被告の返還義務の範囲について検討する。

(一)  まず、遅延損害金については、原告は実質的にみて自ら被告の返済能力等に関する調査を怠ったにもかかわらず、被告が返済不能に陥ったことを理由として遅延損害金を請求することは、調査懈怠によるリスクを同人に転嫁するに等しく相当でない。のみならず、利息制限法による制限を超過する利率での利息回収が原告の業務の常態であることと、しかも、法的手段を通じてなす請求に際しては、右制限利率に換算すること自体が最大限の譲歩であるとして、法ないし判例(最大判昭和三九年一一月一八日民集一八巻九号一八六八頁、最三小判昭和四三年一〇月二九日民集二二巻一〇号二二五七頁参照)を曲解した原告の業務姿勢とに照らせば、遅延損害金名下の金利回収が主たる目的ではないかともみられ得るのであって、かかる事情をも併せ考察すると、本件については、遅延損害金の請求そのものが信義則の観点からみて許容されないというべきであり、右は失当として棄却を免れない。

(二)  そしてさらに、前記のとおりの原告の貸金業法一三条違反の程度その他本件事案の態様等に鑑みると、残元金部分についても、相当限度まで減額すべき事由が認められるというべきであり、あるいはその請求全部を棄却すべきかにも解されるが、被告において残元金の七割相当額については支払意思を表明していることなど諸般の事情を総合して考察すると、本件については、残元金の七割を限度として認容するのが相当である。

四  結論

以上のとおりであって、原告の本件請求については、残元金の七割に相当する金六万七九六二円の支払を求める限度で認容し、その余については理由がないので棄却することとする。

(裁判官藤田広美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例